犬と暮らした賃貸を退去するとき、請求額を見て驚く飼い主は少なくありません。フローリングの爪傷は部屋全体に広がりやすく、柱のかじり跡やにおいの染みつきが重なると、小型犬でも10万円を超えるケースが珍しくないためです。
この記事では、犬の飼育で発生しやすい損傷ごとの修繕費相場と、国土交通省のガイドラインに基づく貸主・借主の負担割合、火災保険が使えるかどうか、そして入居中に実践できる6つの費用対策を順に解説します。
犬の退去費用が猫よりも高くなりやすい理由
ペット可物件の退去費用は、犬と猫で傾向がはっきり分かれます。猫の場合は爪とぎによる壁紙損傷が主ですが、犬は損傷のバリエーションが多く、影響が広範囲に及びやすい点が厄介です。
フローリングの爪傷は犬の退去費用がかさむ最大の原因です。室内を走り回るたびに爪が床面を削るため、猫のように壁の1面に集中するのではなく、リビングから廊下まで部屋全体に傷が分散します。滑りやすいフローリングの上で犬が踏ん張ると爪が食い込み、深い線傷が残る構造的な問題もあります。
柱やドア枠のかじり跡も犬特有です。留守番中のストレスや歯の生え替わり時期に発生しやすく、木部が深くえぐれると表面の補修では対応できず部材交換が必要になります。猫にはほとんど見られない損傷のため、犬の飼い主が特に注意したいポイントです。
においの染みつきも見過ごせません。犬は猫より体臭が強い傾向があり、シャンプー不足や換気不足が重なると壁紙やカーペットに体臭が残ります。排泄の失敗が繰り返されるとフローリングの継ぎ目から下地材に尿が浸透し、表面の脱臭処理では除去しきれないケースもあります。
壁の低い位置(高さ30〜60cm程度)に犬が体を擦りつけて汚れのラインができるのも、退去時に指摘されやすい損傷のひとつです。
犬の退去費用の相場を損傷別に整理する
実際の請求額は物件の仕様や管理会社の見積もり基準で変わりますが、予算感をつかむために損傷内容ごとの修繕費をまとめました。
| 修繕項目 | 費用の目安 | 補足 |
|---|---|---|
| フローリング部分補修 | 2万〜5万円 | 浅い傷が数箇所の場合 |
| フローリング張替え(6畳) | 10万〜17万円 | 平米単価8,000〜20,000円が相場 |
| 壁紙張替え(1面) | 2万〜4万円 | 汚れ・傷が1面に集中した場合 |
| 壁紙張替え(1室全面) | 6万〜12万円 | におい染みつきで全面交換が必要な場合 |
| 柱・建具の補修 | 2万〜5万円/箇所 | かじり跡の深さによる |
| 柱・建具の交換 | 5万〜10万円/箇所 | 補修不能な深い損傷の場合 |
| 脱臭処理(オゾン脱臭等) | 3万〜10万円 | 部屋の広さとにおいの程度による |
| ハウスクリーニング | 3万〜5万円 | 1K〜1LDKの場合 |
1Kで軽度な傷だけなら10万〜15万円程度に収まりますが、1LDKでフローリング張替えと脱臭処理が重なると20万〜40万円に達することもあります。2LDK以上の広い部屋で中型犬・大型犬を飼っていた場合は、50万円を超える事例も報告されています。
犬のサイズ・犬種で退去費用はどう変わるか
退去費用は体重と犬種の特性によってかなりの幅が出ます。
| 比較項目 | 小型犬(10kg未満) | 中型犬(10〜25kg) | 大型犬(25kg以上) |
|---|---|---|---|
| フローリングの傷 | 浅い傷が中心 | 体重で深くなりやすい | 広範囲に深い傷が残る |
| かじり跡 | 浅めで限定的 | 力が強く深くえぐれる | 柱の交換が必要になるケースも |
| におい | 比較的軽度 | 壁紙への染みつきあり | 全面張替え+脱臭のセット請求が多い |
| 抜け毛の影響 | 犬種による | 柴犬やコーギーは換毛期に大量 | ラブラドール等は通年で多め |
| 退去費用の目安 | 5万〜20万円 | 10万〜35万円 | 20万〜50万円超 |
チワワやトイプードルなどの小型犬は体重が軽いためフローリングへのダメージは比較的軽度です。ただしトイプードルのように活発な犬種は走り回る頻度が高く、体が小さくても傷の範囲が広がりやすい傾向があります。室内トイレの粗相が重なると、フローリングの継ぎ目から下地材に浸透して退去時に発覚するパターンにも注意が必要です。
柴犬やコーギーなどの中型犬は体重10〜25kgの範囲で、踏ん張ったときの爪圧が小型犬よりかなり強くなります。柴犬は換毛期の抜け毛が極端に多く、カーペットや畳に毛が入り込むとクリーニング費用が上乗せされるケースがあります。
ラブラドール・レトリバーやゴールデン・レトリバーなどの大型犬はフローリングの傷がもっとも深刻になるサイズ帯です。体臭も強いため、壁紙全面張替え+オゾン脱臭のセットで請求されるのが典型的なパターンです。
国交省ガイドラインで知る「借主の負担割合」
退去時の費用負担を考えるうえで、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」は最も重要な指針です。このガイドラインでは、通常の使用による損耗(経年劣化)は貸主負担、借主の故意・過失による損傷は借主負担と定めています。
ペット飼育による傷・汚れ・におい付着は「通常の使用では生じない損傷」に該当するため、原則として借主の負担になります。ここが経年劣化で壁紙が自然に変色した場合と根本的に異なる点です。
ただし、経過年数の考え方は適用されます。たとえば壁紙(クロス)の耐用年数は6年と定められており、入居6年を超えた時点で壁紙の残存価値は1円(ほぼゼロ)まで下がります。入居3年であれば借主の負担割合は約50%です。
| 入居年数 | 壁紙の借主負担割合(目安) |
|---|---|
| 1年 | 約83% |
| 2年 | 約67% |
| 3年 | 約50% |
| 4年 | 約33% |
| 5年 | 約17% |
| 6年以上 | 残存価値1円(ほぼ0%) |
フローリングについては少し複雑で、部分補修の場合は経過年数を考慮しないとされています。一方、傷が広範囲に及んで1室まるごと張替えが必要になった場合は、建物の法定耐用年数(木造22年、鉄筋コンクリート造47年)に基づいて残存価値を算定します。
注意すべきは、ペットのかじり跡のように「通常の使用では絶対に生じない損傷」については、経過年数による減額が認められにくいケースもある点です。判例では、ペット消毒のクリーニング費用(5万円)を原状回復費用として認めた裁判例もあります(東京簡裁 平成14年9月27日判決)。
退去時の請求額に疑問を感じたら、まずこのガイドラインの負担割合と照らし合わせてみてください。
火災保険は犬の退去費用に使えるか
退去費用を保険でカバーできないかと考える方もいますが、結論から言うと、犬の飼育による通常の傷やにおいの原状回復に火災保険は基本的に使えません。
賃貸契約で加入が求められる火災保険には「借家人賠償責任補償」と「個人賠償責任補償」の2つの特約が付いていることが多いものの、それぞれ適用条件が異なります。
借家人賠償責任補償は、火災・爆発・漏水など偶然かつ突発的な事故で大家さんの建物に損害を与えた場合に補償されるものです。犬がフローリングを日常的に傷つけたり、体臭がクロスに染みついたりした損傷は「予測可能な日常的損耗」と判断されるため、補償対象外になります。
個人賠償責任補償は他人の身体や所有物に損害を与えた場合の補償であり、「借りている物件そのもの」への損害はそもそも対象に含まれません。
ただし例外があります。たとえば犬がパニックを起こして窓ガラスを突き破った、水飲み器を倒して大量に漏水し階下の部屋を浸水させたといった「突発的かつ偶然の事故」であれば、火災保険の不測かつ突発的な事故補償(破損・汚損補償)で補償される可能性があります。日常の蓄積ではなく、突発的な事故かどうかが分かれ目です。
退去が近づいたら、加入中の火災保険の補償内容と特約を改めて確認しておくと、万が一の突発的損害に対応できます。
入居中に実践できる退去費用を抑える6つの対策
退去時の原状回復費用は、入居中のケアで大幅に減らせます。日常的に取り入れられる6つの対策を紹介します。
犬が過ごすエリアにフロアマットを敷く
フローリングの傷を防ぐもっとも確実な方法です。犬がよく走り回るリビングや廊下をタイルカーペットで覆うだけで、退去時の補修面積を大幅に減らせます。タイルカーペットは1枚単位で交換できるため、汚れた部分だけ取り替えられるのも利点です。ホームセンターで6畳分を10,000〜15,000円程度で揃えられます。全面に敷き詰める必要はなく、犬の動線をカバーすれば十分です。
爪切りを2週間に1回のペースで行う
爪が伸びた状態でフローリングを歩くと、爪先が床に食い込んで深い傷がつきます。犬の爪切りの目安は月1〜2回ですが、室内で過ごす時間が長い犬は屋外で爪が自然に削れる機会が少ないため、2週間に1回のペースで確認しておくと安心です。フローリングの上を歩くときにカチカチと爪が当たる音が聞こえたら、爪が伸びているサインだと思ってください。
シャンプーと換気でにおいの蓄積を防ぐ
退去時の脱臭処理は3万〜10万円かかるため、においを溜めない習慣が費用に直結します。シャンプーは月1〜2回が目安で、それ以外の日は濡れタオルで体を拭くだけでもにおいの蓄積を抑えられます。換気は1日2回、各10分以上を習慣にしてください。空気清浄機はペット対応モデル(脱臭フィルター搭載)を選ぶと壁紙へのにおい移りを軽減できます。
トイレまわりに防水マットを敷く
トイレシートは排泄のたびに交換するのが理想です。加えて、トイレシートの下に防水マットを敷いておくと、はみ出しによるフローリングへの尿の浸透を防げます。フローリングの継ぎ目から下地材に浸透した尿は退去時の内見で発覚しやすく、下地材ごと交換になると費用が一気に跳ね上がります。
ケージ周辺の壁・柱をカバーで保護する
犬のかじり癖は留守番中に出やすく、ケージ付近の柱やドア枠が集中的に損傷します。かじり防止カバー(ホームセンターで1,000〜2,000円程度)を取り付け、壁には保護シートを貼っておくと効果的です。ビターアップル(苦味スプレー)を木部に塗布する方法も、かじり防止に一定の効果があります。
入居日に室内の状態を写真で記録する
退去時のトラブル防止でもっとも効果が高いのが、入居日に壁・床・柱の状態を日付入りで撮影しておくことです。「この傷は入居前からありました」と写真で示せれば、不当な費用請求を防げます。スマートフォンの撮影日時データが証拠として残るため、特別な機材は不要です。退去の立ち会いにこの写真を持参することで交渉がスムーズになります。
退去の立ち会いで押さえるべき3つのポイント
退去の立ち会いは管理会社や大家さんと室内の状態を一緒に確認する場です。ここでの対応が最終的な請求額を左右します。
1つ目は、修繕費の明細を項目ごとに出してもらうことです。「ペットによる損傷一式」のような一括請求を受け入れてはいけません。フローリング何平米、壁紙何面、脱臭処理の有無など、項目ごとの単価と数量が記載された見積もりを求めてください。
2つ目は、経過年数に基づく減額を確認することです。壁紙は耐用年数6年で残存価値が1円になるため、たとえば4年住んでいた場合は借主負担が約33%まで下がります。管理会社が経過年数を考慮せずに全額を請求してきた場合は、国交省ガイドラインの負担割合を提示して交渉しましょう。
3つ目は、敷金償却特約の内容を事前に確認しておくことです。ペット可物件では「敷金のうち1ヶ月分は償却(返還しない)」と定めている契約が多く見られます。この特約自体は判例でも有効と認められるケースが多いですが、償却額を超える請求がある場合は明細の確認と交渉の余地があります。
請求額に納得できない場合は、自治体の消費生活センター(全国共通の相談窓口「188番」)に相談できます。相談は無料です。
まとめ
犬と暮らした賃貸の退去費用は、損傷の種類と範囲によって5万〜50万円超まで大きく幅があります。フローリングの爪傷は面積が広がりやすく、かじり跡やにおいと重なると費用が膨らむ仕組みを理解しておくことが大切です。
入居中はフロアマットの敷設、爪切りの習慣化、におい対策の3つを軸にケアを続けてください。そして入居時に室内を撮影しておくことが、退去時のもっとも強い防衛策になります。国交省ガイドラインの負担割合を知っておけば、不当な請求に対して根拠を持って交渉できます。
参考情報
退去時の原状回復に関する費用負担の考え方は、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」に基づいています。壁紙の耐用年数6年、フローリングの経過年数に応じた負担割合の算定方法は同ガイドラインの別表に準拠しています。フローリング張替えの平米単価(8,000〜20,000円)はSUUMOリフォーム「床・フローリング張り替え費用相場」および複数の内装施工業者の公開見積もり(2025〜2026年時点)を参考にしています。ペット消毒特約に関する判例は東京簡裁平成14年9月27日判決、敷金償却特約の有効性に関する判例は最高裁平成17年12月16日判決を参照しています。火災保険の補償範囲に関する情報は、東京海上日動・損保ジャパン等の主要損保各社の商品パンフレットおよび約款(2025年度版)を参考にしています。
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